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現在の日本における泌尿器科診療は、大きな転換期を迎えています。高齢化に伴う前立腺肥大症や過活動膀胱(OAB)の患者数増加、相次ぐ診療報酬の改定、そして患者側の「QOL(生活の質)」に対する意識の高まり。こうした環境下で、クリニックが持続的に成長するためには、経営者のビジョンに基づいた「事業拡大」を目指すほかありません。
その具体的な戦略として今、多くの泌尿器科医が注目しているのが、従来の「保険診療」に「自費診療(自由診療)」を掛け合わせたハイブリッド型の経営モデルです。本稿では、経営的な視点と泌尿器科専門医としての倫理観をいかに両立させ、確固たる経営基盤を築くべきかを解説します。
1. 自費診療導入における「3つの入り口」:なぜ動機が成否を分けるのか
自費診療への参入を検討する際、その動機(入り口)は大きく以下の3つのモデルに分類されます。
① 収益補填モデル
「診療報酬改定によって、これまでの保険診療だけでは売り上げが維持できなくなった」「レセプト単価の下落を補いたい」という動機です。これは守りの経営としての側面が強く、多くのクリニックが最初に直面する課題です。
② 生産性向上モデル
「自由診療は保険診療に比べて事務作業が簡略化され、楽に儲かるのではないか」というイメージで経営効率の改善を狙う動機です。予約制の導入やキャッシュレス決済の促進など、外来の混雑緩和とスタッフの負担軽減を図る意図が含まれます。
③ 患者貢献モデル
「保険診療の枠組み(医学的必要最小限の治療)だけでは、患者様が抱える真の悩みやニーズに応えきれない」という、純粋な医療ニーズから出発する動機です。
成功の鍵は「患者貢献モデル」にある
実務上、これら3つの理由のいずれか、あるいは複合的な要因から検討を始めるケースがほとんどですが、経営として最も成功しやすいのは「③ 患者貢献モデル」を起点とした場合です。 なぜなら、数字(収益)だけを追い求める姿勢は、患者様に見透かされやすく、一時的な売上増には繋がっても、長期的な信頼関係の構築には至らないからです。患者様の利益を最優先する姿勢こそが、結果として後述する「満足度アップの循環」を生み出す唯一のエンジンとなります。
2. 「収益性」に関する誤解:データが示す真実
自費診療を導入すれば、保険診療よりも高い利益率が確保できると考えられがちですが、詳細な経営分析を行うとその認識は必ずしも正しくありません。
利益率の逆転現象
“収益性”の観点で見ると、実は自費診療よりも保険診療の方が利益率は高い傾向にあるという事実を直視する必要があります。
- ・保険診療の構造: 広告宣伝費をかけずとも、地域ニーズがあれば一定の集患が見込め、原価も診療報酬体系に基づいて計算可能なため、経営の予測が立てやすいというメリットがあります。
- ・自費診療の構造: 自費診療のみで展開しようとする場合、集患のための「広告宣伝費」が膨大になりやすく、さらに接遇やカウンセリングにかける「人件費」、高度な医療機器や材料の「原価」などが重くのしかかります。
データが示す通り、売上に対する経費率が高くなりやすいため、最終的な「役員報酬」や「クリニックの純利益」として手元に残る金額は、保険診療を主軸に置いた場合よりも圧迫されるリスクを孕んでいます。
したがって、自費診療を成功させるためには、単に高単価なメニューを並べるのではなく、「いかに集客コストを抑え、患者様との長期的な関係性を築くか」という戦略が不可欠になります。
3. 成功への最短ルート:「満足度アップ」の黄金サイクル
自費診療において確かな収益を上げるためには、数字を「目的」にするのではなく、患者様の満足を積み重ねた「結果」として捉えるマインドセットが必要です。以下のサイクルを回すことこそが、経営安定化への最短ルートとなります。
- START(起点):患者様の「困りごと」を徹底的に拾い上げる 例えば、保険診療で通院している前立腺肥大症の患者様が、実は夜間頻尿やED(勃起不全)で深刻に悩んでいる。こうした「潜在的なニーズ」を起点にします。
- PROCESS(過程):最適な提案による満足度の向上 専門医としての知見に基づき、保険外であっても高い効果が期待できる治療(衝撃波治療やサプリメント、高度な検査など)を提案します。患者様が「この治療を受けて良かった」と感じることで、満足度が飛躍的に高まります。
- RESULT(結果):信頼の深化とリピート・紹介の発生 満足した患者様は、継続的なリピーターとなるだけでなく、同じ悩みを持つ知人を紹介してくれるようになります。これにより、高い広告費を払わずとも良質な患者層が形成されます。
- GOAL(目標):収益向上と生産性向上の実現 信頼に基づいた診療プロセスは、クレームを減らし、診療の質を高め、結果として収益の拡大と経営の効率化を同時にもたらします。
4. 泌尿器科医として納得できる「商材選び」の3つの基準
自費診療で導入するメニュー(商材)を選ぶ際、経営面だけを見て決定するのは危険です。泌尿器科専門医としてのプライドと、地域医療を支える責任感に基づき、以下の3つの基準を満たしているかを検討してください。
① 既存患者の満足度アップにつながるか?
前立腺肥大症や排尿障害などで、すでに貴院を信頼して通院している患者様に対し、「プラスアルファの価値」を提供できる商材であるかどうかが重要です。既存の信頼関係を損なうような強引な提案ではなく、患者様の生活をより豊かにする提案であるべきです。
② クリニックの理念に合致するか?
自院が掲げる「地域の排尿ケアを守る」「男性の活力を支える」といった医療方針の延長線上にそのメニューがあるかを確認してください。理念と乖離した流行り物の治療に手を出すことは、クリニックのブランディングを低下させます。
③ 院長が深く理解し、家族にも勧めたいと思っているか?
これが最も重要です。医師自身が医学的エビデンスに納得し、自分の大切な家族にも自信を持って提供できると思える内容であれば、スタッフも自信を持って患者様に説明でき、成約率や満足度も自然と高まります。
結論:今、泌尿器科経営者が動くべきこと
自費診療の導入は、単なる「メニューの追加」や「小手先の売上対策」ではありません。それは、保険診療という公的な枠組みだけでは救いきれない患者様の願いに応え、同時にクリニックの持続可能な未来を勝ち取るための「攻めの経営判断」です。
ビジョンなき事業拡大は、現場の混乱と信頼の失墜を招きます。しかし、明確な経営指針と患者様への誠実な姿勢(患者貢献モデル)に基づいた拡大であれば、それは必ず地域社会に必要とされるクリニックへの進化を約束します。
まずは、貴院の待合室にいる患者様が、診察室では言い出せない「本当の困りごと」に耳を傾けることから始めてみませんか。
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この記事を書いたコンサルタント

曳沼 岳斗
大学を卒業後、新卒で製薬会社のMR職として入社し、大学病院や基幹病院の整形外科、泌尿器領域を長く担当。MRとして診療報酬改定や病診連携の支援をする中で、先生方とエリアや施設のありたい姿実現に向けて伴走することの面白さを感じ、より幅広く、質の高い提案をしたいと考え船井総研に中途で入社した。
先生やスタッフの皆さんと寄り添い、ありたい姿実現のために一緒に伴走するコンサルタントであることをモットーとしている。


