
リプロダクションクリニック CEO 石川 智基 様
Q1. 不妊治療領域での開業を決断された経緯と、大阪・東京という立地を選ばれた背景についてお聞かせください。
私が医師を志した当時、実家が兵庫県で病院を経営しており、長男である私は将来的にその病院を継ぐことが既定路線となっていました。しかし、学生時代に打ち込んでいたウィンドサーフィン競技での経験が、私のキャリアに対する考え方を大きく変えることになります。当時、大学から始める人が多く競技人口が少なかったウィンドサーフィンにおいて、私は必死に練習を重ねることで全国大会上位に食い込むことができました。「競争相手が少ない環境で、人一倍努力すれば自ずと道は開ける」というこの成功体験は、その後の私の生き方の基盤となりました。
2000年に大学を卒業し、専門を決める際にもこの考えが根底にありました。消化器外科や整形外科といったメジャーな道ではなく、あえて当時はまだ注目度が低く、しかし将来的に確実に需要が伸びると確信していた「泌尿器科」を選んだのです。さらに大学院へ進む際、偶然の巡り合わせから泌尿器科の中でも最もマイナーとされていた「男性不妊」を専門とすることになりました。当時、日本全国に男性不妊の専門医はわずか数十人しかおらず、私は「ここなら自分の努力次第でトップを目指せる」と直感しました。
その後、ご縁があって医者4年目から3年間、ニューヨークのロックフェラー大学へ留学する機会を得ました。そこでは男性不妊治療の世界的権威であるピーター・シュレーゲル教授のもとで学ぶことができました。最初は言葉の壁もありましたが、毎日手術室へ足を運び、バケツに氷を詰めて検体を運ぶような地道な研究活動をひたむきに続けた結果、「真面目な日本人がいる」と教授の目に留まりました。次第に厚い信頼をいただき、休日にも直接電話で手術に呼ばれるほど、世界の最前線でダイレクトにディスカッションを重ねる充実した日々を送りました。
帰国後、日本の不妊治療の現場を見て私は大きなギャップを感じました。当時の日本では「不妊治療は女性のもの」という認識が強く、治療を行うのはレディースクリニック中心でした。男性が診察に訪れることなどほとんどなく、アメリカや、その後留学したオーストラリアで当たり前だった「ご夫婦で一緒に治療に取り組む」という光景が、日本には存在しなかったのです。不妊の原因の半数は男性にあるにもかかわらず、男性が受診しにくいこの環境を根本から変えたい。そう強く決意したことが、自らクリニックを創るという原動力になりました。
そして2013年9月、大阪の梅田に「リプロダクションクリニック大阪」を開院しました。特区の指定を受けたグランフロント大阪を最初の地に選んだのは、患者様が休日にご夫婦で食事や買い物を楽しむ延長で、ホテルのような洗練された空間にリラックスして通院できる環境を提供したかったからです。その後、関東圏から先進医療を求めて来院される患者様のご要望にお応えする形で、2017年2月に東京・汐留に「リプロダクションクリニック東京」を開院いたしました。
医療にかける想いと診療方針として大切にされていることは何でしょうか?

当院の理念は、「最先端で信頼性の高い生殖医療を提供し、世界に知見を発信する」ことです。私が海外から帰国し、民間で開業すると決めた際、周囲からは「結局はお金儲け(メイクマネー)に走るのか」という心ない声も少なからずありました。しかし、私の考えは全く逆です。圧倒的な症例数が集まる民間クリニックだからこそ、そこで得られた貴重な臨床データを分析し、大学病院をも凌ぐスケールで世界へ向けて発信できると考えたのです。
実際、当院からはヨーロッパやアメリカの国際学会において、ここ10年連続でトップレベルの数の演題を発表し続けています。世界中の専門家と肩を並べて最前線で戦い、そこで得た最新の知見やティップス(工夫)、新しいデバイスの情報を日本へ持ち帰り、すぐさま日々の臨床に還元する。そして、私たちの実践から得られたデータを再び世界へ発信する。この好循環こそが、私たちが目指す医療のあり方です。
日々の診療において私が最も大切にしているのは、患者様に対して「同じ治療を漫然と繰り返さない」という誠実さです。結果が出ない時に、「次はうまくいくかもしれません」とただ同じアプローチを繰り返すのは、医療者としてのアップデートを怠っている証拠と考えています。常に新しい引き出しを用意し、「このケースなら次はこうしてみよう」と次善の策を提示し続けることが、患者様への責任だと考えています。
このような学術的探究心と患者様への真摯な姿勢を貫くことで、単なるルーチンワークに陥らない刺激的な環境が生まれました。結果として、「ここでならやりがいを持って働ける」と感じてくれる優秀な医師たちが全国から集まり、現在では50名を超える医師が在籍するまでに成長しています。
貴院の最大の特徴や、他のクリニックにはない独自の強みについて教えてください。

当院の最大の特徴は、「ふたりで取り組む不妊治療」というコンセプトのもと、男性不妊と女性不妊を同時に、かつスピード感をもって診療できる体制を整えている点です。
これまで、女性ばかりが身体的・精神的な負担を強いられてきた日本の不妊治療の常識を変えるため、私たちは開院当初から「ご夫婦おふたりでの来院」を推奨してきました。待合室の椅子を男女ペアで座りやすい配置に工夫するなど、男性が来院することへの精神的ハードルを下げる取り組みを徹底しました。男性側にも原因がないかを早い段階で同時に検査することで、結果的に最短距離での治療方針を立てることが可能になります。
また、質の高い医療を持続的に提供するために不可欠なのが「チーム医療」の確立です。私は常々スタッフに「一人の『神の手』はいらない。必要なのは強固な『組織力』だ」と伝えています。どんなに優れた手術手技を持つ医師が一人いても、それだけでクリニックは成り立ちません。医師、看護師、そして受精卵を扱う胚培養士などの専門職が緊密に連携することが求められます。
特に、当院の胚培養士たちの活躍は特筆すべきものがあります。彼らの真摯な仕事ぶりは、小学館の漫画『胚培養士ミズイロ』の舞台モデルにもなり、私自身も医療監修を務めさせていただいております。こうしたメディアを通じた啓発活動は、生殖医療における胚培養士という「縁の下の力持ち」の重要性を広く社会に知っていただくきっかけとなり、結果として当院へ全国から優秀な新卒人材が殺到するという、採用面での大きなプラスの効果も生み出しています。
クリニックが成長・拡大していく中で、経営者として『組織づくり』や『スタッフの育成』において最も意識されていることは何でしょうか?
クリニックが成長していく中で、私が経営者として最も意識しているのは「スタッフへの投資」と「組織のチームビルディング」です。
例えば、学会参加への支援です。直近でもロンドンで開催された国際学会に8名のスタッフを派遣し、約600万円の費用を法人で負担しました。経営的な数字だけを見れば大きな出費ですが、私はこれを未来への「投資」だと捉えています。スタッフが世界の最前線を肌で感じ、新しい知見を掴んで帰国し、それをクリニック全体に還元してくれる。その経験は、目先の利益には代えがたい財産となります。
また、私たちはプロサッカークラブである「FC今治」や、アメリカンフットボールXリーグの「オリエンタルバイオシルバースター」とオフィシャルパートナー契約を結んでいます。これは単なる広告宣伝が目的ではなく、スポーツチームが持つ高度な「組織論」を医療現場に持ち込むためです。スポーツの世界では、ボールに触れないポジションの選手であっても、それぞれの役割を完璧にこなすことでチームが勝利を掴みます。医療も全く同じです。資格を持つ医師や看護師だけでなく、受付スタッフやメディカルアシスタントといった資格を持たないメンバーの働きが機能してこそ、クリニックという組織は回ります。
年に一度、東京と大阪の全スタッフ約200名を集めてホテルで開催する合同忘年会では、最初の1時間半をかけて各部署の目標達成度を厳密に評価するアセスメント会議を行っています。その後、スポーツ界等の著名人をお招きしてチームビルディングに関する講演をしていただきます。さらに、希望者を募ってFC今治やシルバースターの試合観戦ツアーを企画するなど、職種や役職の垣根を越えたコミュニケーションの場を積極的に設けています。こうした本気の取り組みを続けることで、スタッフ全員が自分の役割に誇りを持ち、「ここで働くことが楽しい」と感じてもらえる強い組織が作れると実感しています。
最後に、今後の不妊治療業界の展望と、その激動の時代における貴院の将来像や目標についてお聞かせください。
これからの不妊治療業界は、非常に厳しい局面を迎えると予測しています。最大の要因は少子化と晩婚化の進行により、治療を必要とする絶対的な患者人口が減少していくことです。さらに、2022年4月からの不妊治療の保険適用化により、診療報酬の枠組みの中で経営を成り立たせなければならず、これまで自由診療で成り立っていた収益構造は大きな転換を迫られています。
生殖医療は極めて高度な専門性と倫理観が求められる分野であり、簡単に成功できる世界ではないと考えています。今後の業界は、圧倒的な実績と信頼を持つ「選ばれる」クリニックと、そうでないクリニックとの間で、明確な二極化と淘汰が進んでいくと考えています。
このような激動の時代において、私が経営の肝と考えているのは、利益を最優先するのではなく「医療クリニックとして常に王道を行くこと」です。患者様にとって本当に必要な医療は何か、世界標準のベストな選択肢は何かを追求し続けること。それが回り回って、クリニックの信頼と経営の安定に繋がると信じています。
今後の展望としては、現在の東京と大阪という2つの拠点で、さらなる診療の質を高めていくことに注力します。むやみに多店舗展開をして規模の拡大を追うことは考えていません。現在在籍している多くの素晴らしい医師やスタッフのポテンシャルを最大限に引き出し、より多くの患者様を救える強固な体制を築くことが最優先です。
また、不妊治療の現場から得られた知見を社会へ還元する啓発活動にも引き続き力を入れていきます。これまでも行政と連携し、不妊治療支援条例の制定に携わったり、プレコンセプションケア(将来の妊娠を考えた健康管理)の重要性を訴えたりしてきました。これからも、日本国内の患者様はもちろんのこと、日本に住む海外の方々にも質の高い医療を提供し、「世界の知見に向き合い、新しい命の誕生を支え続けるクリニック」として、揺るぎない王道を歩み続けてまいります。



